2026/04/22 06:39

"大地をすべて覆うことのできる皮が、どこにあるだろうか。
それはどこにもありえない。
ただ皮の靴を履くことによってのみ、大地はすべて覆われる。
これと同様に、私は外界の存在物を制することはできない。
私は自分の心を制しよう。
どうして他を制する必要があるだろうか"
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これは私の1番すきな仏教の言葉
シャンティーディーヴァ
入菩薩行論の一説です。
そして大好きな映画でも
この一文が使われていて
この意味は色々解釈があるとおもうけれど
「大地をすべて覆う革の靴」のお話のように、
外の世界を変えるのではなく、自分の心を調えること。
という意味が深いのかなとドクダミの観察から私は受け取りました。
冬の間、地上から姿を消したドクダミを見て
「枯れてしまった」と思っていたのは、私の一方的な見方でした。
彼らはただ、土の奥深くで静かに、
春を待つ準備をしていただけ。
目に見える変化がないときも、
そこには確かな生命の営みがある。
お茶にして、その力を体に取り入れ、
エッセンスにして、その魂を分けてもらう。
そうやってドクダミと接していると、
「外側の出来事」に振り回される必要なんてないのだと気づかされます。
息子に対しても、同じ。
何かが滞っているように見えても、
芽が出ないように感じる時期があっても、
彼は彼のリズムで、内なる春を準備している。
私がすべきことは、彼をコントロールすることではなく、
私自身の心を、信頼という名の皮で包んであげること。枯れてしまったのかと悲しくなるのも準備していると安心して待てるのも、私の心次第。
ドクダミの芽吹きが教えてくれるのは
世界はいつだって、私の心の鏡だということだよね。